全ての始まりのその前に 〜シャーク〜
―― 絶対的機密であることを示すギルカタール国王の印によって完璧に封がされた一通の書状が、全ての始まりだった・・・・ 「メイズ、メイズ!見てみろ!」 病室に似合わぬ勢いで飛び込んできた兄の姿に、メイズは驚いて目を丸くした。 相変わらず派手な私服の上に白衣を羽織った少しばかりアンバランスな姿の兄、シャークはその白衣が示すとおり歴とした医者だ。 故に、病室に飛び込んでくる、など滅多にしたことがない。 「どうしたんです?兄さん。」 「どうしたもこうしたも、コレ見てみろよ。」 そう言って渡された封の切られた書簡にメイズは訳も分からず目を通して・・・・ 「・・・・えええっ!?兄さん、これって!」 「すげえだろ。この俺がプリンセスの婚約者候補だってよ。」 どうだ、とばかりに胸をはるシャークに素直にメイズは目を輝かせる。 「すごいです!プリンセスと直接お会いできるだけじゃなくって、婚約者にまでなれるなんて!」 嬉しそうなメイズの言葉に、シャークは初めて「あ〜」とバツが悪そうに頭を掻いた。 「婚約者には、なれそうもねえけどな。」 「ええ?なんでですか?」 「姫さんなあ、『普通』の恋愛結婚がしてえんだってさ。」 「『普通』の恋愛結婚ですか・・・・?」 首を捻ってしまったメイズに、シャークも苦笑した。 この犯罪大国ギルカタールに置いて、『普通』というのは非常に分かりづらい概念だ。 実際、自分にとってもそうだし、昼間顔を合わせたアイリーンに力説された時も、メイズと大差ない反応をしてしまった。 「まあ、俺も姫さんが求めてるのも分かるような、分かねえようなもんなんだけどよ。」 正直に言うとさっぱり分からないというのが本音だが、それでも充分だった。 「この候補に挙がったってだけでもハクがつくし、それに・・・・」 言いかけた言葉をシャークは途中で慌てて切った。 (あぶねえ。余計な事、口走るとこだったぜ。) ―― しばらくは姫さんと会い放題だ、なんて馬鹿な事を。 王宮に出入りするようになって、姿を見かけるたびに目を引かれたお姫様、アイリーン。 お伽噺に出てくるような、フワフワしたお菓子みたいなお姫様とは違う。 一目で心が奪われるような美女でもない。 けれど、アイリーンにはどこか独特の鋭さと、凛とした雰囲気がある。 それはギルカタールの王女が纏うに、これ以上ないくらいにぴったりに見えた。 犯罪大国の王族でありながら、『普通』になりたい変わり者のお姫様。 婚約者になることはなくても、王との取引期間の25日の間は彼女は婚約者候補達を頼らざるをえなくなるだろう。 しばらくの間、ほんの少しの期間でも、それは最下層からのし上がったシャークに良い夢を見せてくれそうには間違いなかった。 「ねえ、兄さん。もし・・・・もし、できたらでいいんですけど・・・・」 控えめに、かなり言いにくそうにメイズが見上げてくるのに気が付いて、シャークは「あ?」と視線を降ろした。 「なんだよ?」 「その・・・・できれば、僕もプリンセスとお会いしてみたいです。」 もちろん、できればでいいんですけど、と慌てて付け足すメイズは、それでも憧れに目を輝かせている。 それを見て、シャークはにやっと笑って見せた。 「ああ。俺ばっかりの夢じゃもったいねえもんな。できそうだったら、メイズにも会わせてやるよ。」 「本当ですか!?」 「できそうだったらな。そのためには、体調が良くねえとダメだぞ?」 「はい!」 前の言葉が効いているのか、小言にも珍しく素直に頷くメイズの頭をわしわしとかき回してシャークは笑った。 「25日、か。面白くなりそうだ。」 「そうなるといいですね、兄さん。」 「おう。」 顔立ちはまったく似ていないブラントン兄弟は、そっくりな笑顔で笑い合った。 ―― 取引終了まであと25日。 まだ、シャークにとって一時の夢でしかなかった。 |